鈴懸の径

ここだけは急がない言葉

時短文化がはっきりいって嫌いだ

この世界で最もかちのあることは何か

 

この問いになんと答えますか。

お金とか命とか、そんな解凍が多いように感じます。

でもお金は命を守るためにつかっちゃいますよね。

また歴史の中で命を懸けて手に入れようとしてきたものがありますよね。

 

私は「自由」だと思っています。

 

歴史は「自由」を手に入れるために時に戦い争ってきました。

日本でも同じです。

富も権力も、自由に等しい時代がありました。

 

ときに個人の自由は近くにいる誰かの自由を奪います。

社会の自由は、他の社会の自由を侵さなければ実現しない場合があります。

これは資源が有限であることに起因します。

 

それでも誰もが共通して自由に手にすることがあるはずです。

一つは光です。宇宙は誰のものでもないからそれは自由に享受できるはずです。

もう一つが時間です。

時間はただそこに脈々と流れる実態のないものです。誰も止めることもできないものです。

 

光も時間もほかの何かに押し出されるようにそれを手にすることが憚れることはあります。でもそれはそちらがわの問題でしかない。

 

完全に一人であるはずの時、誰にも制約されない時間と光は自由であるはず。

というのが私の理想です。

 

さて、そろそろお昼の時間です。でも腹が減ってなければ別に世の中に合わせなければいいんですよ。別に誰かに作ってもらうわけでもないし、冷蔵庫にあるもので済ますだけですし。

 

今日は祝日です。

 

時間と光を意のままに享受したいんです。

だれもいないオフィスでね。

 

しかし、一つのメモが私のデスクトップにありました。

休日の業務は〇時間以内で・・・

仕事のための仕事をしたい休日に、何が目的かわからない時短におかされている

 

早く帰れがメリットに感じない私にはほんとに邪魔なんだよな。