鈴懸の径

ここだけは急がない言葉

2018年になって最初の投稿になる。こんなに遅くなってしまうことは想定していなかった。情けない理由だが、下書きに保存していた途中かけの文章が消えたのが1月9日。そして、不貞腐れた。


不貞腐れる30代。

いい大人が不平、不満を飲み込むでもなく、抵抗するでもなく不貞腐れるのは、情けないと思うと同時に、他人事だとなかなか面白い。僕は「不貞腐れる」という反応は実はそれほど嫌いじゃない。

もちろん、社会の中で生きていれば納得できないことに出くわすなんてことは日常茶飯事で、引きづったところで好転することなどほぼないわけだから、どこかで自分の心情と折り合いをつけることは大切だ。ただ、それでもやっぱりむかつく、腹立つ。でも飲み込まなきゃいけない。この葛藤、板挟みにやきもきすることは正常な反応だと思うわけだ。

ただ「不貞腐れ」の範疇を超えて、駄々をこねだしたらだめだ。人に影響しないぎりぎりのところでとどめることができなければいけない。そこは大人の最低限の作法だろう。不貞腐れるは消化する過程であるわけだから、ふてくされている奴に絡んでイラつく奴もまたアホなわけだ。

おお不貞腐れとるわwww。

と眺めておけばいい。

たかが15分程度の時間だが、丹精込めて(嘘)書きあげた、多くの人にご覧いただいている(大嘘)僕の文章が、なんのいたずらか消えた。そして不貞腐れた僕。

しかし10日の時を経てちゃんとブログに戻ってきた。はてぶのバカヤロー期間は誰に愚痴ることもなく終わらせることができた。

以上「不貞腐れ」についてでした。

 

今年も誰のためにならない駄文を残したいと思う。