鈴懸の径

ここだけは急がない言葉

時短文化がはっきりいって嫌いだ

この世界で最もかちのあることは何か

 

この問いになんと答えますか。

お金とか命とか、そんな解凍が多いように感じます。

でもお金は命を守るためにつかっちゃいますよね。

また歴史の中で命を懸けて手に入れようとしてきたものがありますよね。

 

私は「自由」だと思っています。

 

歴史は「自由」を手に入れるために時に戦い争ってきました。

日本でも同じです。

富も権力も、自由に等しい時代がありました。

 

ときに個人の自由は近くにいる誰かの自由を奪います。

社会の自由は、他の社会の自由を侵さなければ実現しない場合があります。

これは資源が有限であることに起因します。

 

それでも誰もが共通して自由に手にすることがあるはずです。

一つは光です。宇宙は誰のものでもないからそれは自由に享受できるはずです。

もう一つが時間です。

時間はただそこに脈々と流れる実態のないものです。誰も止めることもできないものです。

 

光も時間もほかの何かに押し出されるようにそれを手にすることが憚れることはあります。でもそれはそちらがわの問題でしかない。

 

完全に一人であるはずの時、誰にも制約されない時間と光は自由であるはず。

というのが私の理想です。

 

さて、そろそろお昼の時間です。でも腹が減ってなければ別に世の中に合わせなければいいんですよ。別に誰かに作ってもらうわけでもないし、冷蔵庫にあるもので済ますだけですし。

 

今日は祝日です。

 

時間と光を意のままに享受したいんです。

だれもいないオフィスでね。

 

しかし、一つのメモが私のデスクトップにありました。

休日の業務は〇時間以内で・・・

仕事のための仕事をしたい休日に、何が目的かわからない時短におかされている

 

早く帰れがメリットに感じない私にはほんとに邪魔なんだよな。

 

 

GでHACK

週末はGショックをしている。大した奴ではないが長年の付き合いでとても気に入っている。これです。

kakaku.com

週末の夜中に来るべき平日に向けて仕事を進めていいるのだが、やっぱり疲れる。

そんな時はこいつを手首のうちがわに着けて台にしてキーボードに向かう。

腕を上げなくてもこのごついやつが支えてくれる。

文字盤のガラスよりベゼルが少し高いので傷つくこともない。それ以前にG-SHOCKだし強い。

手首の下に台をおくだけでかなり楽になる。おすすめです。

 

ちなみに右手はヘアバンドを二重巻きにしています。こっちはマウスを使うので少し低め。多少は楽です。

 

ゲルの利、岸の利


ドラマの方に頭が傾いて書きたいこと忘れてた。

今日のニュースはこれ。

自民党内政局の話。

 

野党は今も必死にモリカケ話にすがっているようだけど、この一連の騒動で漁夫の利をかっさらおうとしている人がそろそろ表に出てきそうですね。

それがこれかと。

 

誰の発言かは知らないけど、確かに安倍さんは長い。日本は安倍がすごいではなく、自民党がすごい、という国でなければいけないと私は思うのです。

野党もすごい。ということであればもっといいんだけど、民主がアレでアレすぎて、もうアレなもんで・・・。

 

 

読売さんは朝日と違って本質っぽいことをいうために結論ありきのへんちくりんな取材をすることはないかと思いますが、霞が関を俯瞰してみて湧き出てくるのが政局論争ってのはつまらないですね。

そろそろ憲法改正について本腰いれてほしいと思うばかりです。

個人的に、法律がブラッシュアップされるように、憲法も時代が変われば変化されるべきだと思うんですよね。明治から昭和にかけて変わったように。今は平成ですし。それとも強い外国から圧力かけられて、おい日本、この案で行け、とか言われないと自国のあり様も考えられないのか、と思うわけで。

 

シンプルに他国から喧嘩売られても奪われ、殺されるのに耐えなければいけない上に、助けてくれることを約束できる仲間もいないという状態はやめてほしいですね。

それが解釈しだいでそうではない、いやいやそうだ、とかいう不安定な状態は危険なわけですよ。

日本国民が、ドロボーに来たら追い返すけど、外から火炎瓶投げ込まれても我慢。助けを呼ぶけど、こちらが呼ばれても助けないからもしかすると来ないかもわかんないや、その方が平和やん、みたいな家に住まなきゃいけないなら、俺は日本人やめようと思うわ。

 

木更津キャッツアイとシティオブゴッド

お題「もう一度見たいドラマ」

今も昔もテレビはあまり見ませんでした。

ガキの頃は父親とナイター見るくらい。おかげで月曜の学校で話題になる週末のバラエティなんて見ていないのでついていけず。

もちろんアニメも見ていないのでマンガを読んでいた。おかげでついていくどころか少し先に進んでしまって、やはり話に入れず。

中学、高校と部活やらバイトやらで外で過ごす時間が増えるとなお見ない。

毎週見なければいけないドラマは尚更見ない。

今は深夜ドラマ以外に見る時間もない。

 

というわけでもう一度見たいドラマといわれてもあまりピンとこないのだが、昨年一つだけ見直したドラマがあった。「木更津キャッツアイ

 

クドカンの作品だけはなんやかんやで一通り見ているかと思う。

特にこれが一番というわけではないのだが、たまたまあったから通勤往復を50分間かかるバスに変えてバスの中で1週間かけて全話を見た。

これで2回目だったかな。

桜井翔の演技があまりにアレなことを置いておけばおもしろい。

レビューはいつかどこかで、もしかすると心の中でするとして、ドラマでも映画でも漫画でも、人生かけて何かにぶつかるストーリーが好きだ。自分ならあーしたこうしたとか考えさせられたら自分の中では負けなわけだ。

ただリアリティとか、必要性とかがないと全く受け付けない。

つまりSFとかファンタジーとか恋愛ものが苦手。全く熱くなれない。何より自分ならこうするが生まれてこない。世界観を理解するうちに各論が過ぎてしまう。

例えばスターウォーズとかね。もうめんどくさいんだよね。

映画もそれほど見る機会があるわけじゃないんだけど、去年見た中で一番おもしろかったのは「シティオブゴッド」だな。

 

 

手帳

お題「手帳」

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 目をつぶって10クリックした

そこにあったのは「手帳」ということば。春だと思った。

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手帳にはこだわりがある。こだわりというか、もはや惰性ともいえるのだが。

かれこれ10年以上、クオバディスを使い続けている、ということだけだが。

Executive Notes / 16×16cm

中身だけでも2500円程度。

もっと安い手帳がなんぼでも出回っていることを考えるとこれば安くはない。

それでもビジネスの場面でなぜか絵になるから使い続けている。飽きもせずに。

 

一時期手帳をやめて電子デバイスに移行しようと試みたことがあるがやめた。

見返すまでが面倒。

書かないから頭に入らない。その時の感情が蘇らない。

付箋がはれない

山間部移動中に見れない

 

大した理由ではないことからわかる通り、要はなじまなかったということだ。

 

手帳は手書きでなければいけない。

手帳は書きたくなるものでなければならない

 

手緒に求める要件はこれだけ。これを満たしてくれるのが一つしかないから

これからもおそらくこれを変えることはないだろう。

 

 

大卒内定率が発表されました

過去最高の91%だそうです。

headlines.yahoo.co.jp

ちなみに就職率というのは、=就職決定者/就職希望者 という計算式で算出されています。

 

91%というのは大学生の91%が就職できているというわけではないんですよね。

ここ数年の就職希望者数はだいたい43万人くらいです。

 

つまり就職決定者数は43×0.91=39.1万人です。

 

ところで、自分と同学年の人って何人くらいいるか知っていますか。

ちなみに私は1982年ですが、約152万人いるそうです。亡くなられる方もいるので1982年当時はもう少しいたのかもしれませんが。成人時点ではこの数字のようです。今の大学生年代はおおよそ120万人にまで減少しています。

 

120万人のうちの約40万人。

大卒で企業に就職できるのは3人に1人ということになります。

 

多いと思うか、少ないと思うか。

 

大卒入社した人事担当が「えっ」と思うような仕事に対して大卒にこだわることは少なくありません。理由は何なのだろうか。小さいマーケットで人を取ることが本当に必要なのか。採用するの大変ですし、お金も時間もかかります。

 

大卒2人を採用するよりも、大卒1名にその他2名をぶら下げた方が生産効率が高まる可能性はないのか。

 

実はあったりします。

 

特に中小企業の人事担当者さん、いまいちど 見直してみてはいかがでしょうか。

いよいよチャンピオンズリーグが佳境になってきて仕事全部放棄したい

いつの間にやら3月も半ば。今週までにやらなければいけないことがまだまだ山ほどあって、今は仕事の休憩がてらお芋の細長いのをからりと揚げたやつをほおばりながら書いています。仕事から逃避したいだけなんだけど。

チャンピオンズリーグベスト16のセカンドレグが明日の2試合で終わり、ベスト8が決まります。

残りのカードはバイエルンベシクタシュバルセロナチェルシー

前者はファーストレグで5-0と力の差を見せつけてしまったバイエルンが大事件でも起きない限り残るでしょう。

もう一つのカードは最近いまいち調子の出てないチェルシーは黄色信号、といったところでしょうか。バルサはホームですし。

今日はこの記事。

sportiva.shueisha.co.jp

バルサ優勢はゆるがない。といったところです。

まぁ普通に考えればそうなるでしょう。アウェーで1点取れてるし 、メッシ絶好調だし、チェルシーのオフェンス最近ぎこちないし、カンテ病み上がりだし。

とはいえ何とかチェルシーには上に行ってほしい。

記事の方々がいう通り、チェルシーは5-4-1なんだろう。前節これがはまってたのは確かにその通り。ポゼッションが3割切る中でいい場面が見られたってところ見ると。

ただ次はウィリアンはもっと警戒されるだろうってことを考えると戦術を変えるか、アザールがメッシレベルの活躍をしない限りは攻め手なしで終わるかと思うのだが。

個人的にはアザールの後ろにペドロとウィリアン、よりも、ウィリアンの前にアザールとモラタみたいな逆三角形がいいと思うんだよね。要はアザールに1対1の場面をどこまで作れるか、ってことだからね。それがサイドでは意味ないし、囲まれても勝てない。

センターをつり出すこととボランチを下げさせないことで生まれるスペースを使うというわけ。

逆三角ならモラタじゃなくてウィリアンをFWにして、その後ろにドリンクウォーターでもいいと思うけど。

とにかく先制取れなければ絶対負ける、という戦い方をしなければ上にはいけない。

たのしみな大一番。

 

あっ、俺チェルシー応援してます。

2018年になって最初の投稿になる。こんなに遅くなってしまうことは想定していなかった。情けない理由だが、下書きに保存していた途中かけの文章が消えたのが1月9日。そして、不貞腐れた。


不貞腐れる30代。

いい大人が不平、不満を飲み込むでもなく、抵抗するでもなく不貞腐れるのは、情けないと思うと同時に、他人事だとなかなか面白い。僕は「不貞腐れる」という反応は実はそれほど嫌いじゃない。

もちろん、社会の中で生きていれば納得できないことに出くわすなんてことは日常茶飯事で、引きづったところで好転することなどほぼないわけだから、どこかで自分の心情と折り合いをつけることは大切だ。ただ、それでもやっぱりむかつく、腹立つ。でも飲み込まなきゃいけない。この葛藤、板挟みにやきもきすることは正常な反応だと思うわけだ。

ただ「不貞腐れ」の範疇を超えて、駄々をこねだしたらだめだ。人に影響しないぎりぎりのところでとどめることができなければいけない。そこは大人の最低限の作法だろう。不貞腐れるは消化する過程であるわけだから、ふてくされている奴に絡んでイラつく奴もまたアホなわけだ。

おお不貞腐れとるわwww。

と眺めておけばいい。

たかが15分程度の時間だが、丹精込めて(嘘)書きあげた、多くの人にご覧いただいている(大嘘)僕の文章が、なんのいたずらか消えた。そして不貞腐れた僕。

しかし10日の時を経てちゃんとブログに戻ってきた。はてぶのバカヤロー期間は誰に愚痴ることもなく終わらせることができた。

以上「不貞腐れ」についてでした。

 

今年も誰のためにならない駄文を残したいと思う。

文化にはあまり貢献しないと思う

文化に貢献するってそもそもなんなんだ。www.nikkansports.com

例えば人気が出て売れることを文化への貢献とするかというと、それが後世に残らなければ一過性の流行にすぎないので違う。

権力を痛烈に批判する行為が文化への貢献かというと、批判した人、内容が後世に残るほどのものでなければ文化への貢献とは呼べないのでは。

 

文化を生むというのは、つまりは様式を生み出すこと。マイク一本をはさんで2人か何人かで人を笑わせるおしゃべりをする様式が漫才で、これを確立したのが誰かはわからないけど、これが何十年の前から今も同じように行われている。外国にはそれがないのだからこれは日本の文化といえるのではと思う。

もう一つの命題、その文化に貢献するとは何か。価値を高めるということなんだろうけど、たとえば漫才形式で権力を批判するという様式が、残すべき社会的に価値のあるもの、文化として大衆に浸透させるべきものという認識があって、初めて茂木さんの批判も的を得るように思う。

文化の向上とは、以前とある舞台監督の方に小一時間語られた話では、言葉、というか説明を必要としない共通認識が生まれることだそうだ。文化レベルが高いというのは、あ、と言えば、うんと応えられる関係性を生み出すこと。

漫才に限らずお笑いは、その名の通り人を笑わせるために行うもののはずだが、それを文化と呼ぶのはいいとして、その貢献の仕方が権力に相対するかすり寄るかといった姿勢はあまり関係ないのではと思う。

権力に迎合することは確かに面白さにはつながらないんだろう。批判的に見るから新しい道筋に出会うことがあるということはある。ただそのスタンス一つで貢献ができる人とできない人と区分することはできないだろう。

なぜなら、政治的なスタンスと文化の作り方は関係ないから。

大衆娯楽文化は権力から遠ざかって、ほめも攻めもしないことで非日常をえることに文化的な価値を感じることは誤りではないだろう。ディズニーランドもジェットコースターも映画館もライブハウスも同じだ。

「文化」とは大きく切りすぎた茂木さんの批判も言い訳も、残念ながら刺さらない。

 

日韓戦はおもしろくなければならないのだ

前回の記事を見て愕然としています。絶望感というか、失望感というか。途中で投げ出したブログを投稿するなどという、後悔しか湧かない文章に、、、いや一笑に付して記憶から消し去るとしましょう。

さて、今回は日韓戦。結果は1-4の惨敗。言葉の通り惨めな敗戦となりました。最終予選、苦戦続きだったことから、多くの人が韓国をなめてたのではないでしょうか。なめてはいなかったとしても、ここまでいいサッカーをすることは予想した人は少なかったのではないでしょうか。

日本は実に韓国のいい部分を引き出してくれました。

様々な記事を俯瞰すると、敗因として最も挙げられているのがディフェンスラインの低さ。これはその通りだと思います。ディフェンスラインの高さは中盤、前線と連動して決まるので、ディフェンダーだけの責任とは言えませんが、いくつかの場面で、明らかにディフェンスの上げ遅れが発生していました。

ディフェンスラインを上げるというのはどういう効果があるのかというと、相手中盤はシュートを打てるポジションにいるフォワードにボールを渡すというのが役割なわけですから、その人がオフサイドと分かるとパスが出せなくなります。フォワードは下がらざるを得なくなりゴールから遠ざかるので、パスをもらう意味がなくなってしまいます。またラインを上げると中盤の人口密度が高くなります。攻守が入り乱れるとミスも置きますし、パスコースが減ります。これがプレスという守備です。

たまに弱いチームが強いチームに対してディフェンスラインを下げてカウンターのみを武器にして戦うことがあります。ディフェンスラインだけでなくフィールドプレーヤーのほとんどが自陣に引いて守備に徹することでディフェンスラインの厚みを生んで、きわめて低い位置でプレスをかけるわけです。すると攻める側は後方に広い逃げ場があるので、ボールを後ろに回してしまいます。

日本はアジアのチームによくこれをやられて攻めあぐねてドローに持ち込まれることがあります。

ラインを低くするときは、トップから全体を自陣に引き下げて守備ブロックに厚みを作らなければ低くする意味がないのです。

さて日韓戦に話を戻すと、中盤は明らかに負うべきか引いて待つべきか迷っていました。中盤でも誰があたるのかに迷いがありました。下がり切れない、上がり切れない中途半端なポジショニングでディフェンスの少し前のスペースをいいように使われてしまいました。さらに相手のフォワードはマーカーより10センチも背が高い。このミスマッチを突かない手はないです。

もちろん、1点取って逃げ切りのために全員が引いて守りに徹するという戦術もありますが、のこり80分以上もある時点でとる戦術ではありません。それでも下げてしまっていたことは敗因として正しいですね。

次に見かけたのは起点の不在。ゲームを組み立てる人間がいなかった、という指摘です。日本はアジアでは強いのでどちらかというとキープして組み立てるサッカーをせざるを得ません。相手が守備に徹する場合が多いからです。ゲームメーカーにボールを集めて、ボールを裁いて相手を散らしてすきを見つけてゴールに向かうという戦術です。ハリルは10番主導の遅攻より縦に早いサッカーを志向するので、ゲームメイクできる本田、香川、清武、中村憲剛といった選手を軽視してますが、やっぱり90分もある中でスピード勝負だけでは形が作れない相手はいます。今回のゲームは誰が司令塔だったのかスタメンからはさっぱりわかりません。

この点でハリルを批判するマスコミ、多いですよね。アジアを相手にするときはゲームをどう作るかというのは試合の中で考えて組み立てる余裕があることはありますから、10番の重要性はとても重要ですが、ワールドカップで勝つことを考えると10番が素晴らしくても要所要所勝ちを拾えなければ試合に勝つことはできない。球際だったり、ドリブルで抜く技術だったり、ゴールキーパーとの一対一だったりですね。ハリルはここで勝てという意識が強いのだと思います。

まぁそれだけでもダメなんですけど。

私がそれ以上に感じたのは意識の低さです。冒頭にのべた、なめてたのではないか。ということです。どの選手か「あれはブラジル相手にするようなサッカー」と試合後にコメントしていました。これは相手は日本をリスペクトして本気を出していたけど日本は・・・ということだと思います。

思ってたより速い。思ってたより当たりが強い。などと面食らってる間に90分が過ぎたような印象でした。

これは選手も監督も同罪でしょう。コーチ陣も。

そもそも韓国は背格好は日本と近いわけですからストロングポイントも似ています。細かくて早くてしなやかです。その分早いプレスには弱いしパワープレーはしょせんアジアレベルです。韓国はそんな日本のいいところを素早いプレスでつぶしてくれました。日本も同様につぶしあえればよかったのですが、思ったより早い相手に出足で負けて、更にスペースも与えたら、相手はわざわざ強引なカウンターを使うこともパワープレーに頼ることもなく、攻めやすい攻め方で攻められるわけです。

それをされても勝て、というハリルの檄なら、この試合は収穫だらけかもしれません。ハリルは次から次へと薦される次世代代表選手を選出しない理由を国民に見せつけることができたわけですし、代表に選ばれるのに必要なレベルを体感できたわけですから。

でもこれは大会なのでおそらくそれはないでしょう。この程度で勝てると踏んだ構成だったのでしょう。でなければ相手をほめちぎるなんてできません。

次の親善試合は3月ですが、何を目的に行うのか、ハリルはそろそろ名言したほうがいいかもしれませんね。あと、今回代表レベルにない選手が何人もいましたが、1年間はないよ、と言ってあげたほうがいいかもしれません。

 

ワールドカップのメンバー予想をして終わります

迫(川又) 岡崎

乾 井手口 長谷部 香川

長友 槙野 吉田 酒井

川島

次の親善試合で変わるかもしれませんが、今日時点の私の希望です。